愛犬あぐりとの日々 ①~⑬

2009年4月 8日 (水)

⑬あぐりが残してくれたこと

今更ながら完結させてくださいcoldsweats01

あぐりのお話の最後です。

あぐりがいなくなって数ヶ月がたった。

いつの間にかいつもの日常に戻っていた。

こうして、りっちゃんは一人っ子となった。

今思うと、2人はたったの一年ほどしか一緒に過ごせなかったんだ。

りっちゃんはあぐりのことを今でも覚えているのだろうか。

あぐりがいなくなって10年たった今、たまにそう思う。

あぐりと過ごした時間の倍の時間をりっちゃんと過ごしたんだなぁ。

当時私は、あぐりとりっちゃんの伸びた毛を

自己流にハサミでバサバサ切っていたのだけれど、

いつか専門学校へ行き、勉強してプロになりたい、

自分の手であぐりとりっちゃんをかわいくカットしてあげたい、

そんな未来を思い描くようになっていた。

あぐりがいなくなってからも、その気持ちは変わらなかった。

あの鬼部長のいる職場で、嫌々ながらもお金を稼ぐために続け、

お金が貯まったらさっさと辞めて、

私は犬猫の美容師を目指すことにした。

専門学校へ通い、勉強した。

卒業して、下積みで働いて、いつの間にか後輩から先輩になって、

気がつけばこの仕事に就いて8年ほどたっていた。

現在はもう現役ではないけれど、今でもりっちゃんの美容だけは自分でしている。

いつか、結婚出産を終えて、再びこの仕事が出来る日が来たらいいな。

心残りといえば、一度くらいあぐりを私の手でかわいくカットしてあげたかったな。

いつもガッタガタな素人カットしかできなかったから。

自分の進むべき道を教えてくれたあぐりには心から感謝してる。

二十歳まで何をしたらいいか、

何も決まっていなくて、毎日なんとな~く、

生活のためだけに、したくもない仕事をしていたのだから。

あぐりのおかげで今の私がある。

もちろんりっちゃんも。

あぐりと過ごした時間の、倍以上の時間をりっちゃんと過ごしてる今、

日に日にあぐりのことを思い出す時間も減ってきたけれど、

目を閉じれば、今でもあぐりのしぐさや鳴き声やニオイや感触が

手に取るようによみがえってきて、すぐそばにいるような気持ちになる。

たったの5年ぽっちしか一緒にいられなかったけど、

あぐりは幸せだったかなぁ?

少なくとも、あぐりと一緒に過ごせた5年の月日は、

私にとってはとってもとっても幸せな5年間だったよ。

私のところに来てくれて、本当に本当にありがとう。

そして、あなたのお婿として迎えたりっちゃんと、私は幸せに暮らしています。

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2008年7月 4日 (金)

⑫あぐりとお別れ

更衣室で泣き崩れて数分がたった。

そこへ、そんな私を見かねて鬼部長が入ってきた。

「そんな状態で仕事なんかできんやろ?

一回帰りなさい。

その代わり、ちゃんと戻ってきて今日の分の仕事はしなさい。」

こうして私はあぐりのところへ行けることになった。

会社からは車で20分。

その頃、携帯電話を持っていなかった私は、

「とにかく間に合って」

と願いながら家路に急いだ。

会社から出れたとき、帰らせてくれた鬼部長に一瞬感謝したけれど、

やっぱり好きにはなれなかった。

だってそうこうしているうちに、結局もうあぐりには会えなかったんだから。

あのときすぐに帰らしてくれていたら、最後にもう一度あぐりに会えたのに。

そう考えるだけで今も本当に悔しくて、

あぐりには申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

姉が連れて行った病院先で、死因は原因不明、と言われたらしく…。

あぐりも自分の身に何が起こっているのか分からない中、

私がいなくてどんなに不安で怖かったことか…。

やっと会えた私の大切な愛犬あぐりは、

冷たくなって、硬くなって、

私のあとを追ういつもの表情もなく、

目は開いたまま、口も開いたまま。

苦しそうな顔をして横たわっているモノのように見えた。

「あぐり。あぐり。」

何度呼んでも動かない。

同じように急いで帰宅したYと共に、あぐりを最後にシャンプーしてあげることにした。

いつも怒って切らしてくれない爪と、

涙やけで茶色く染まった目頭の毛を大事においておくことにした。

そして私は約束通りに会社に戻って仕事をした。

手につくわけはなかったが、

鬼部長からしたら、私がここへ戻ってきたことに意味があるんだろう、

と、その場は納得し、とりあえず出来る範囲で淡々と今日の仕事を片付けた。

その間、車の中ではYの腕の中で毛布にくるまったあぐりと、

訳が分からず車内ではしゃいでいたりっちゃんが、

私の仕事が終わるのを待っていた。

この日は眠れなかった。

一つの布団にあぐりを真ん中にはさんでYと私。

りっちゃんは、そのまわりを何が何だか分からず、

あぐりのニオイを何度も何度も嗅いでは、動かないのが不思議そうにウロウロしていた。

「ねぇ?なんで動かないの?」

そう無邪気に首をかしげるりっちゃんと、

もうすっかり硬くなって冷たいあぐりを抱きしめながら私たちは一晩中泣いた。

次の日の朝。

TELしておいた葬儀屋さんにあぐりを預けた。

大好きだったササミとジャーキーを一緒に箱へ入れてもらった。

ワンワン無駄吠えをする犬だったので、急に家の中が静まり返っていた。

でも、これからはこの静かさの方が普通になるんだな、と思うとまた胸が苦しくなった。

さようなら。

ありがとう。

いっぱいいっぱい大好きだよ。

いっぱい好きになってくれてありがとう。

数時間後、あぐりは小さな陶器に小さな骨となって私の元に帰ってきた。

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2008年6月 3日 (火)

⑪あぐりに異変

時は流れ、私は20歳になっていた。

母がいなくなったあと、一人に耐えらなかった私は姉と一緒に住むようになった。

事務職の就職も決まり、慣れない毎日を忙しく送っていた。

あぐりとりっちゃんの毎朝の散歩も、10分ほど団地まわりを歩かせる程度。

ある日のこと。

いつものように散歩させて、家に戻ろうとしたら、

すでにあぐりが3Fの踊り場の方から、下にいる私とYを眺めていた。

あれ?

あぐり、今日は散歩イヤがってるんだ?

深く考えず、私たちもあぐりを追って家に戻り、いつも通り仕事へ向かった。

仕事中、1本の電話があった。

まだ午前中だったかな、もう覚えてないけど。

姉からだった。

姉はかなり動揺していた。

「あぐりが…、あぐりが死ぬよ…」

姉が気がついたときには、あぐりは部屋の隅っこで、

首がふにゃふにゃになっていて力が抜けてグッタリしていたらしい。

目もうつろ状態で、姉もかなりパニックを起こしていた。

「とにかく、早く!早く病院へ連れてって!」

そう言うしかなかった。

私は仕事が手につかない。

あぐりの身に何が起こってるのかわからなかった。

朝、少しヘンだったけど、何かサインを出していたのか…

痛いの?苦しいの?しんどいの?

一刻も早く、姉からの

「病院へ行ってきたよ、大丈夫だったよ」

という連絡を今か今かと待っていた。

でもそんな私にまた姉からの電話はこうだった。

「もうダメだよ、最後にあぐりに会ってあげて。」

私はとにかくあぐりに会いにいかなければ、と思った。

会社で人目もはばからず大声で泣いた。

とめどなく涙があふれた。

泣きながら訴えた。

「家に帰らせてください」

この会社には鬼女部長がいた。

私はこの人に日頃からキツくあたられていた。

でも、この人の許可がないと早退できない。

返ってきた答えはNO。

続いて言われたこと。

「犬ぐらいのことで帰らせるわけにはいかんに決まってるやろ!」

「家の人がおるんやろ!」

犬ぐらい?

ナニソレ??

家の人?

あぐりがそばにいて欲しいのは私やのに。

私の大切なあぐりやのに。

私はこの人のこの言葉を今でも忘れません、これからも。

犬だって家族です。

犬だって人間だって同じ命だよ。

あんたは子供に何かあったら早退しないのか?

言ってやりたかった。

でも、言えなかった。

この人には何を言っても理解してもらえないのか。。

この人は私とは違う世界で生きてるんだ。

そんなこと、今はどうでもいい。

あぐりに会いたい。

とにかく会いたい。

いますぐ。

ただ、それだけだった。

こんな状態で仕事ができるわけなどない。

更衣室に入り、いつも持ち歩いているあぐりとりっちゃんの2ショット写真を手に、

泣き崩れて立てなくなった。

あぐりがもういなくなる、という悲しさ、

あぐりが私に会いたがっている、

なのに、今すぐ会ってあげられない悔しさ、

社会での犬の存在価値の小ささへの悔しさ、

あぐりに何が起こっているのか分からないまま、

大粒の涙がガマンしても次から次へと止め処なくあふれてきた。

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2008年5月22日 (木)

⑩約束

母の死をなかなか受け入れることができなかった。

りっちゃんはまだ1歳だった。

今思うと、りっちゃんと母は『1年』という短い時間しか

一緒に過ごしていなかったんだ。

母が亡くなってからのしばらくの間、私は泣いて暮らすようになった。

そんな私を励まし、いつもそばにいてくれたのは

やっぱりあぐりとりっちゃんだった。

あぐりは私が泣きだすと、

決まってちょぃちょぃ、と優しく手で掻いてきては

涙をペロペロと拭ってくれた。

「あぐりがおるよ」

そう言ってるように思えた。

りっちゃんはいつも私に寄り添い、気丈に振舞ってくれた。

二人がいてくれて本当に良かった。心からそう思えた。

二人をぎゅぅぅっと抱きしめることで、私は一人ではないと思うことができた。

お互いを励ましあって、私たちは以前のように笑うことができた。

でも現実は、とにかく自分も周辺も大変で、

二人の子作りのことを真剣に考える余裕もなくなり、

なかなか目が行き届かなかったため、

いろいろと落ち着くまでりっちゃんを親戚の家へと預けることにした。

それからゆっくり考える時間を作った。

あぐりとりっちゃんの未来を、

今、できる限りの思考能力を使って結論を出すことにした。

母のいなくなった今、マルチーズ王国を作ることを諦めるしかなかった。

一人では、

母がいなくては、

ムリ。

一緒に夢見たことだから、みんな一緒じゃないとムリなんだ。

年をとったあぐりを全身麻酔するより、

まだ若くて健康なりっちゃんを去勢手術することにした。

そしてうちに戻ったりっちゃんとあぐりとで、

再び元の生活を送るようになった。

これって本当に人間の勝手。エゴ。

始めは赤ちゃんを作るためにりっちゃんを迎えたのにね、

ごめんね。

私は全てのことを自分で決めなくてはいけなくなった。

小さいことだとドッグフードの種類から、トリミングの時期、

大きいことだと去勢や避妊の決意。

全て自分で考えて、結論を出さなくてはいけない、という現実。

とつぜん降りかかった、

二人を養っていくとゆう責任感。

私はとにかく何がなんだか分からなかった。

でも現実を受け入れるしかない、って思った。

幸い、その頃私には頼りになるYがいた。

変わらずあぐりとりっちゃんを愛していくね。

お母さんの形見としてこの二人を大切にし、共に生きます。

約束。

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2008年5月16日 (金)

⑨夢が途絶えたとき

あぐりとりっちゃんはいつの間にか仲良しになっていた。

そのことがハッキリと分かるデキゴトがあった。

それは、りっちゃんが体調を悪くして、

首が起きたまま眠れなくなったときのこと。

首が緊張していて、とてもしんどそうにしていた。

(今思うと、この頃から神経系に異常があったんだと思う)

病院から帰り、薬を飲んでぐったりしていたりっちゃんを、

となりのベッドの部屋に先に寝かせていた。

すると、常に私のとなりにいないと落ち着かないあぐりが、

となりの部屋へこっそり入って行くのが見えた。

こっそりとなりの部屋を覗いてみた。

私は嬉しさのあまり、涙が出た。

ベッドに横たわるしんどそうなりっちゃんの、お腹あたりを枕にして、

寄り添うようにベッタリくっついて眠りだしたのだ。

それまでは二人で私の取り合いをしては、

りっちゃんにキバを剥いて威嚇していたあぐりが、

りっちゃんを本当の家族として受け入れた瞬間だった。

あぐりはりっちゃんをとても心配していた。

りっちゃんもそれを分かったようで、寄りかかってくるあぐりを受け入れ、

じっとしていた。

そんな2人を見て私は本気で泣いた。

このことをキッカケに、二人は急接近して仲良くなった。

いつも一緒にお散歩して、いつも一緒に寝て、遊んで、ごはんを食べて…。

二人でいることが当たり前になっていた。

あぐりはごはんを食べるのが遅かった。

りっちゃんは若いしガツガツごはんを食べる。  

いつもあぐりの何倍も早く食べ終わった。

でも、りっちゃんがあぐりの分を取ることはなかった。

ちゃんと二人の中での上下関係が整っていた。

りっちゃんはすっかり成長し、男の子らしくあぐりの大きさを上回った。

元々小柄なあぐり。

2.5㌔ほどしかなく、細いキャシャな手足。

りっちゃんは運動もたくさんして筋肉のほどよくついた健康的なイヌとなった。

性的にも成長した。

気がつけば、2人は子作りの行為をすることも多くなった。

私も母もそのつもりでいた。

だいたい元はといえば、あぐりの子供を作るために、

だんなサマ(りっちゃん)を迎えたのだから、

今すぐにでも赤ちゃんができたらいいな、と思い日々過ごしていた。

母と同じことを考え、同じことを目標にし、

それについて話す時間がとても新鮮で、とても貴重な時間だった。

二人がいる我が家は本当に華やかで、

母と私の関係も、とっても良くなっていた。

まだ見ぬあぐりとりっちゃんの赤ちゃん。

どっちのどこが似るんだろう、

顔はりっちゃんのように目鼻立ちハッキリの顔、

あぐりのように少し小柄な体だといいな、

性格はどっちに似てもそれなりでおもしろいんだろうな、とか。

私たちの想像はどんどん膨らんでいった。

でも。

母と私の夢は叶わなかった。

母は、私とあぐりとりっちゃんをおいて、

急死した。

もう母と同じ夢を見ることができなくなった。

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2008年5月 9日 (金)

⑧あぐりとりっちゃん

「なんでりっちゃんってゆうん?」

初めて会う人たちのその問いに今でも説明するのが恥ずかしいのです。

新しい家族、子犬ちゃんの名前。

名前、なんにしよう?…みんなで相談。

なかなか決まらなかった。

なんせ、あぐりは私たちのつけた名前じゃないし、

このコにはちゃんと自分たちでカワイイ名前をつけてあげよう、と思うと

余計考えすぎてしまうのだ。

そんなとき、またまたYの提案だった。

YとTELで話しているとき。

「りっちゃん、てどう?」

突然、そう言い出した。

…りっちゃん。

呼び名はカワイイ。りっちゃん。りっちゃん…。

なんの根拠かサッパリ分からないが、

もう『りっちゃん』以外に考えられなくなってしまった。

なぜかその中身のない名前にひかれてしまった。

しかも別に、『りんご』や『リリー』などの本名があるのではなく、

ただ、あだ名なのか本名なのか、、

『りっちゃん』という名前が定着してしまった。

いつの間にか母も私もなんでか抵抗なく「りっちゃん」と呼んでいた。

しかし。

ある日、聞いてみた。なぜりっちゃんなのか。

すると仰天の答えが返ってきた。

Yはさらっと言った。

「TELで話してたとき、田中律子がテレビに出てたから。」

…。

りっちゃん。確かに田中律子はりっちゃん。

別に田中律子がキライなわけでも特別好きなわけでもないが、

そんな理由で名前が決定していいのか?!

通るのか?!

いや、通ってしまった。私も確かに賛成したし。

…なんて安易な名づけ方。

りっちゃん(後のおじぃ)は未だに本名はりっちゃん。

まわりからは「りつ」やら「りつぉ」やらとその時々で呼ばれ方が変わる。

でもちゃんとどの呼び名にも反応する。

彼は戸惑うことなく、自分は『りっちゃん』だと認識している。

この頃なんの技術も知識もなかった私。

でも、あぐりとりっちゃんの白くてフワフワした毛を、

自分の手でカットしたかった。

ベランダでお裁縫用の裁ちバサミでふたりの毛をバサバサ切っていると

母によく怒られた。

私は短くてまるっこいサマーカットが好きなんだけど、

どうやら母は長いマルチーズらしいロングヘアーが好きみたい。

なんせ素人なので、実際にヒフを切ってしまったことも…。

(おかげでりっちゃんはトリミングが嫌いになってしまったけど。)

あぐりが初めて来たときは長い毛をひきずっていたので、

短く切ったあぐりの変身っぷりに

「カットでこんなに印象が変わるんだな~」

って。発見だった。

この時は私の独学のカットはガタガタ。

でも、楽しかった。

こうゆうことが自分の好きなことなんだな、って気がついた。

いつかあぐりとりっちゃんを私の手で

キレイにしてあげたらな。

そんな小さな夢も芽生えるようになった。

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2008年4月29日 (火)

⑦あぐりの年下の彼

「あぐりの子供を作ろう」

またまた提案はYだった。

そんな安易な一言から、母と私はまだ見ぬあぐりの子供を思い浮かべては

「マルチーズ王国を作ろっか」などと冗談まじりに顔をニヤニヤさせていた。

真っ白で小さくてあったかいあぐり。に、似た子犬たちがそこら辺をチョロチョロしている。

その頃の私たちはブリーディング(繁殖)に対しても無知で、

ただカワイイ子犬たちを想像してはなんて素敵なんだろう、と真剣に思っていた。

それに、うまくいっていなかった母との関係が、

あぐりがいることによって和やかなムードを作り出せた。

なにより母と同じことを考え、同じことに対し目標に向かっていく、

共通点が私にとって嬉しいことだった。

やっと、母と娘の関係が成り立った瞬間に、私は心からあぐりに感謝した。

それからふたりでいろんなペットショップへ出向いた。

行く先々でマルチーズをチェックした。

「このコはあんまり元気がないね」「このコはあぐりと気が合わないかもね」

などと勝手なことをいいながらペットショップ巡りをしていた。

ふと、いつものように近所のペットショップに入ってマルチーズをチェック。

今すぐあぐりにお婿さんが欲しかったわけではない。

こうやって母と共通の話題をし、

同じ目標に向かって一緒にペットショップ巡りができることが楽しくて

この毎日が続けばいいなと思ってた。

そんなある日。

私は一目ぼれしてしまったのだ。

2頭一緒にケージに入れられたマルチーズ兄弟。

店員さんは2頭を一度に抱きかかえ、私の方に向けた。

もちろん元気なコの方が良かった。

その日からそのコはうちのコになった。と同時にあぐりに年下の彼氏ができた。

パピー用のドッグフードや、首輪やリード、必要なものを買い揃えた母と私は、

早く車内で待っているあぐりに会わせたかった。

でも、意外に初対面はお互いそっけなく、あぐりもあまり関心がないようだった。

今日からうちのコになった子犬ちゃんも、店ではとっても元気だったが、

連れて帰る車内の私の腕の中で眠ってしまった。

連れて帰ってしばらくはあぐりの様子がかなり変化した。

動揺、不安、嫉妬、、いろんな気持ちが入り混じっていたんだと思う。

私とあぐりのベッドに子犬ちゃんが上がってこようとしたもんなら

「がるるるるるる」

と低い声で威嚇。歯をむきだしにして本気で怒っていた。

子犬ちゃんはその状況を理解できず、あぐりに怒られても無邪気にはしゃいでいた。

あぐりが子犬ちゃんを受け入れてくれない。

私は何度も泣いた。

あぐりはそんな私を見て戸惑っていた。

子犬ちゃんを本気で咬むことはなかったが、2人一緒に抱っこすると、

あぐりは本当に嫌そうに、放せといわんばかりにジタバタと暴れた。

あぐりのだんなサマ、私の選んだコ、あぐりは気に入らなかったのかな。

いや、もう一頭のコを選んだとしても、違うところの違うコを連れて帰ったとしても、

あぐりは同じ態度を取っただろうね。

私をとられるという不安が、あぐりの中で大変大きなストレスになっていたことを

私も理解できました。

そうこうしてるうちに、だんだんあぐりは時間をかけてこのコをうちのコ、と

認めるようになるのです。

そして、このコが後のおじぃとなるのです。

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2008年4月18日 (金)

⑥あぐりWANTED

私とあぐりはすっかりお互いを必要とし、

最愛のパートナーとしてかけがえない存在となった。

あんな愛のない付き合い方はもう二度としない。

二人の関係が深まってきたとき、

私たちはYの家から自分の家へと帰ることになった。

私は、以前の私とは違い、母からあぐりを守れるという自信があった。

今までのこともあり、あぐりは母より私になついていた。

寝るのも私の部屋。

私がお風呂へ入ると、脱衣所から離れずひたすら待つ。

前の母と比べると、あぐりとの関係もすっかり良くなったと思う。

だけど、根本的な問題として、母の神経的なものがあった。

これは口で説明したからといって実行できるような、

そういう簡単なことではないし、私ひとりではどうしようもない大問題だった。

だから、この日の出来事を私は心底後悔した。

あるとき、私の留守中に母とあぐりがふたりで出掛けた。

近所の知人宅で飲んでいたらしい。

私が家に帰宅する時間になってもふたりの姿はなかった。

Yが来るのを家で待っていると、突然TELが鳴った。

「あんたの母ちゃんが道で倒れとる」

急いで駆けつけると、母がうつぶせで倒れていた。

うちは団地住まいだったのだが、

幸い団地の敷地内で、交通量もほとんどなかった。

ひと気の少ない時間帯だった。

母はひどく酔っ払っていた。

散々飲んだあげく、帰ろうとしたのだけど道に倒れこんでしまったのだ。

私は、酔っ払って道端に倒れこんでしまう、なんて母を、

病気のせいもあると分かっていても、心の底から恥じていた。

とにかく母を連れて帰るのが精一杯だった。

そしてふと気付いた。

母と一緒だったハズのあぐりがいない。

「あぐりは?あぐりは?」

私の問いかけに

「え?あぐり?」

全然憶えていない、と母は言い放った。

言葉が出なかった。

怒りというより、呆れるという感情だった。

母をこの場でどなり散らすより、

とにかくあぐりを見つけることの方が先決だった。

その夜から母、Y、私の3人で必死のあぐり捜しが始まった。

夜通し団地内を名前を呼びながら歩き、次の日は仕事を休んだ。

臆病なコだからそんなに遠くへは行けないだろう、と団地内をくまなく探索。

しかしあぐりは見つけられなかった。

捜してるうち、時々「もう捜すのやめよう」と言い出すのは私だった。

車にひかれてしまったかもしれない、と思うと

車の下敷きになったあぐりの姿を見て、私は正常ではいられない。

こみ上げてくる恐怖との戦いに負けて捜す気力を失いかけた。

でもYは黙々と捜し続けた。

私もそんな恐怖と戦いながら捜すしかなかった。

あぐりがいなくなって2日目。

Yが「迷子犬のチラシを作ろう」と提案。

私がいつも書いていたあぐりの似顔絵。

こんなところで役に立つとは…。

大きくあぐりのイラストを書いて、それからあぐりの特徴を並べた。

・よく吠えます

それから、いつも頭の毛をくくっていたので

・頭のてっぺんが少し薄くてハゲてます

連絡先を記入。

それを2~30枚コピーして団地内の電信柱に貼って回った。

雨が降っても破れないように、ビニールを一枚一枚被せて。

あぐりがいなくなって3日目の夕方。

私の仕事先にYからTEL。

もしかして!

Yから聞けた言葉は期待通りのものだった。

「TELがかかってきた!あぐりが見つかった!」

とにかく早く私はあぐりに会いたかった。

あぐりの居場所に驚いた。

うちは団地11棟4F。迷子になったのは1棟付近。

居場所は11棟2F。。

なんと、同じ11棟にいたのだ。

1棟から11棟までの200mほどの距離を、ちゃんと歩いて帰ってきたのだ。

ただ、あぐりは階段をあがることができなかった。

うちの2階下の住人の方が、階段下で立ち往生しているあぐりを

家に連れて帰ってくれたのだ。

近所付き合いがほとんどない団地だったので、

誰がどんな犬を飼っているのかは、ほとんど知らないことが多かった。

迎えに行ったときのあぐりの態度には心底腹が立った。

「会いたかったよー」とあのうるうるした瞳で、シッポをパタパタさせながら

あのホフク前進をしてくるのかと、私は勝手に想像して胸を躍らせていた。

しかし。

2階のチャイムを鳴らすと…

ピンポ―ンの音の直後、聞き覚えのある高い声。

ドアを開けると、まるで自分の家によそモンが来た!

と言わんばかりの勢いで私たちを吠え立て、

3日ぶりの最愛なる私との再会に飛びつく様子もなかった。

あぐりにはがっかりさせられた。

2階の住人は家族で住んでいて、小さい子供もいた。

たくさん遊んでもらえて楽しかったのだろうか?

もう私のことなんて忘れてしまっていたんだろうか?

私は少しショックだった。。

だけど、家に連れて帰るとあぐりから安堵の表情がうかがえた。

やっぱりあぐりはここのコでしょ。

あぐりは少し照れていたのかもしれない。

あぐりなりの喜びの仕方だったのかもしれない。

あのチラシを作っていなければ、何日か後に2階の人が連れている、

自分ちのイヌかのように散歩しているあぐりの姿を見つけていたんだろうか。

とにかくYに感謝、である。

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2008年4月14日 (月)

⑤あぐりとお散歩

休みになると必ずあぐりを連れて、ボロボロの軽自動車で出かけた。

海へ行ったり、川へ出かけたり、ドライブしたり。

ほんとにボロ車なのでガタガタ道を通ろうもんなら

臆病なあぐりは私やYの肩につかまり、

細い腕をしっかりからみつけ、爪を立てて必死でしがみついた。

私が運転中の車内でのあぐりの場所は、

決まって私のひざの上、もしくは股の間にはまっていた。

外の景色など一切興味はなく、あぐりのうるんだ瞳にはいつでも私が映っていた。

私はいつ、どこで、何をしていようとも、

自分だけに向けられたあぐりの視線を感じていた。

公園にもよく行った。

あぐりはリードをつけると歩かない。

なのでいつもノーリードだった。(良くないことですが)

かといって、リードをつけなくても、私から離れることはなく、

後ろや横をピッタリくっついてお散歩するコだった。

Yは時々そんなあぐりにいじわるをした。

私の後ろをくっついて歩くあぐりを抱き上げ、10mくらい離れたところに連れていき、

私の姿を探してキョロキョロするあぐりを楽しんでいた。

私が「あぐりーー」

と呼ぶと、左右を見て探し、私の姿を見つけるとまっすぐ一目散に走ってくる。

走るのは速くないコだったけど、

あぐりなりの精一杯の速さでモタモタしながら一生懸命走ってくる姿を見て、

私は胸がいっぱいになった。

あぐりの愛情が嬉しかった。

私を頼って必死で走ってくるその瞳が愛しかった。

そんな私たちを見て、

自分がいじわるしてるのにYはヤキモチを焼いていた。

たまに私もあぐりにいじわるをした。

いつもは私の横か後ろを歩くお散歩だけど、

時々ゴキゲンになってくると、私の一歩前を歩くことがあった。

ふっと木の陰に隠れると、私の姿が見えなくなったことにすぐ気がつく。

あぐりはゴキゲンに進むのをやめて、必死で私を捜しだす。

そして見つかると一目散にあのうるんだ瞳で走ってくる。

私はぎゅうっと抱きしめる。

時々、私はなぜこんなにあぐりに愛されているんだろう、と疑問に思うことがある。

でもすぐに、私もあぐりを同じように愛しているからなんだ、と答えを出す。

ある桜の時期、

Yと3人でお花見に行ったときのこと。

そこらじゅうに大勢の花見客、にワンコ連れがいることにも目もくれず、

相変わらずあぐりは私をみていた。

お弁当も食べ終わり、敷物の上でごろんとなると、

ポカポカ陽気につい、うとうと寝てしまった。

目が覚めてハッとした。

あぐりは?!

…なんてことはない。

私の腕の中で眠っていた。

人がいっぱいいても、犬がたくさん来ていても、

あぐりは全く興味を示さなかった。

ノーリードで自由に動けるのに。

あぐりは私に心を開いたかと思うと、

私だけを見るようになっていた。

あぐりはヘビが怖かった。

山道をお散歩中、ヘビと出くわしたことがある。

私はヘビには気がつかず、ゴキゲンに一歩前を歩いていたあぐりが

突然私の足の上に仰向けに倒れてきてビックリした。

そして涙をいっぱい溜めた目で私を見ていた。

あぐりはヘビが怖くて腰を抜かしたのだ。

そんなイヌ見たことない。

あぐりはオンナノコだったんだ。

たぶんこの頃のあぐりは、

「あなただけを愛するから、もうどこにもやらないでね」

そう言ってたのかな。。

あぐりは、こんな笑顔を見せてくれるようになった。

013

私はこの笑顔を守っていこう、そう思った。

当時のあぐりの写真。

(写真の写真、なので写りが悪いですが。。)

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2008年4月11日 (金)

④あぐりとの深まる絆

その頃の母と私の関係は、かなり険悪でケンカの絶えない毎日だった。

若かったこともあり、そんな母と一緒にいたくなかった私は家出をしたのだ。

振り返ってみれば、

この頃の私は、あぐりのことだけでなく、

精神状態がむちゃくちゃだった母の心の声にも

気がついてあげられていなかったのかもしれない。

そんな母から逃げるように振り切って家を出た。

あぐりを連れて…。

あぐりを置いていくなんて考えられなかった。

母と二人になったあぐりが、また以前のような生活に戻ってしまうことは

絶対に避けたかった。

このときの私とあぐりはどこに行くにも一緒だった。

お互いに当たり前のように隣にいる存在だった。

離れるなんて考えられなかった。

あぐりと私はYの家で同棲生活を始めることになった。

しかし、そこはペット不可なアパート。

あぐりは本当にムダ吠えがひどく、

おまけに声が高いのでそれはそれは気を使う毎日だった。

犬の生態を勉強をし、普通にあぐりと向き合うようになった私だったが、

ムダ吠えを治すことはかなり困難なことだった。

チャイムが鳴ると、とにかく一番にあぐりの口をふさぎ、気をそらす。

大家さんやほかの住人に見つからないように

ひっそりと裏の路地でお散歩したり。

あぐりがこのときどう思っていたかは分からないけれど、

こんな生活は周りからみたら非難の嵐かもしれないけれど、

あの家にはどうしても置いていけなかった。

あの母の元には。

あぐりを連れての家出は、

私たちにとって最善の行動だと、私は信じて疑わなかった。

Yは学生だし、お互いお金もなく、ペット可アパートへ引っ越すなんて明らかにムリだった。

そんな非常識な生活を続ける中、

あぐりと私はお互い誰よりも一日で長い時間を共にするようになった。

朝、いつものようにYは学校へ。

私は洗濯をしたり料理をしたりで家事を済ませるころ、

あぐりは誰よりも遅く目を覚まし、私に「おはよぅ」とナデナデをおねだり。

いつものようにこっそりアパートの裏でオシッコさせ、一緒にTVを見て、一緒にごはんを食べる。

あぐりは私のそばからカタトキも離れることはなくなった。

一緒にお昼寝。

春になり、ぽかぽかした陽気の中、

ごろんと寝転がり「あぐー」と呼ぶと、いつものホフク前進で近づいてきては

顔をペロペロなめてきてゴロンとお腹をみせる。

そんな毎日。

あぐりの存在がどんどん自分の中の範囲を埋め尽くしているのが分かった。

大切で。愛しくて。

もうあぐりのいない生活は考えられなかった。

それはあぐりも同じ、だったと思う。

あぐりはYのことがキライだった。

わざと嫌がることをおもしろがってするから。

もちろん遊びで。

背後から突然声を出して驚かせたり、

こちょこちょしたり、

新聞を丸めて筒状にした物から耳元で声を出したり。

そんないじわるをされるたび、あぐりは本気で怒った。

歯ぐきが見えるまで怖い顔をし、うなり声をあげた。

時には本気で血が出るまで咬むことも。。

私とあぐりが2人で寝ているところへYが来ようもんなら、

決まって「う゛ぅぅぅぅぅぅ~」とうなりながら睨み付けていた。

あぐりにとって、私という存在が私があぐりに対する気持ちと同じように

大きくなっていたから。

そんな毎日が普通に続き、気がつけばこのアパートでの同棲生活は半年にも及んだ。

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2008年4月 8日 (火)

③あぐりの救世主

あぐりが最もイヌらしく、あぐりらしくなれたのは、

ある人物に出会ったからである。

この出会いは、あぐりだけではなく、

私の人生をも根本から変えられた衝撃的な人物であった。

その人物とは、その頃に付き合っていた私の彼氏Yだ。

付き合い始めてまだ数日、数週間くらいだろうか、

私の家にYが遊びに来たときのこと。

Yは、いまだに「あのときはほんまにビックリした」と話をする。

玄関を開けたらヒモにつながれた毛の長い白いイヌが

きゃんきゃん吠えていたのだから。

よほど驚きの光景だったんだと思う。

Yは目をまあるくして、

「なんでつないでるん?」「散歩へは行ってるん?」

普通は疑問に思うでしょう、普通にイヌ好きであれば。

そう質問された私の返答に、Yは言葉を失ったと思う。

「小型犬って散歩するの?」

私は大真面目だった。

Yはそんな人間に育てられているあぐりを本当に心から不憫に思ったことでしょう。

先代シーズーあぐりも、3ヶ月に一度ほど外へ日光浴させる程度で、

お散歩なんてさせなくていいものなんだと本気で思っていた。

ごめんなさい。

そして、マルチーズのあぐりは、

「そう!この家の人たちヘンなの!助けて!」

って震えながら訴えていたんだ。

目をうるうるさせて。

私は無知から脱出することにした。

元々イヌは好きなのだから、もっと自分に近い存在として接することにした。

それを実行するには母のことが気がかりだった。

母に間違っていることを分かってもらいたかった。

Yに出会ってからの私のあぐりに対する接し方は激変だった。

激変、といっても至って普通の接し方なんだけれど。

やっとあぐりは普通になれる時がきた。

リードにつながれる生活から解放。

私はしつけのことも、少しづつ勉強した。

オシッコも、だいたいはトイレでできるようになった。

あぐりは床をチャカチャカと爪の音をさせながら自由に歩き回った。

毎日のお散歩も欠かさず行くようになった。

ごはんのときは、私のとなりにちょこんと座り、

大好きなフルーツや麺類などをおすそ分けしてもらおうと、

愛想を振りまく。

イヌが家にいるならどこにでもある光景が見られた。

母はそんな私に少しづつ学び、

私の好きなようにさせてくれるようになった。

たまにじゅうたんの上でオシッコしてしまうと、

母は、あぐりだけでなく私のことも叱った。

あぐりが悪さするといつの間にかあぐりと私の責任となった。

そのことを、私は嫌とは思わなかった。

私の中で、あぐりの存在が日に日に大きくなっていっている証拠だった。

あぐりは愛おしい大切な私の家族だ、と。

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2008年4月 5日 (土)

②間違ったあぐりへの愛情

母は、病気だった。

内臓のいろんなところに疾患があり、

精神状態もよくなかった。

病院通いで時々入退院を繰り返し、薬を何種類も飲んでいた。

情緒不安定で神経質でヒステリック。

髪の毛一本落ちていても気になって、夜中であろうとも掃除機をかけだす人だった。

そんな人がイヌを飼うのだから大変に決まってる。

母とふたり暮らしをしていた私は

この頃多感な時期で、娘という立場では母という存在が好きではあったが、

母の異常さ、病気のことをちゃんと理解してあげられていなかった。

あぐりとも、ちゃんと向き合うことができていなかった。

この頃あぐりはどう思っていたのかな。

この人たちは誰だろう、

前の家には帰れないのかな、

なんで『ミッチュー』から『あぐり』へと呼ばれ方が変わったんだろう、。

不思議に思い、毎日を不安で不安で過ごしていたに違いない。

あぐりは部屋から部屋への敷居を「いいよ」と言うまで入って来なかった。

多分、前の家ではそうやって、しつけられていたのだろう。

しかしうちでは、そんなことをしなくても別に困らないので、

どこの部屋へも自由に行くようにさせていた。

でも母はある程度遊ばすと、あぐりを常に廊下の一角のスペースにつないでいた。

玄関を開けたらすぐ、すきま風の通るひんやりした薄暗い廊下に。

トイレと水をだけを置いて。

なぜあぐりに自由がないのかというと、

部屋のそこらじゅうでオシッコするからだった。

前の家からこの家へ、突然人間の勝手で連れてこられ、

新しいトイレもまだ覚えていないというのに、

しつけすることを怠っていたから、あぐりは戸惑っていただけなのに。

そんなこと、『イヌと生活をする』という知識もままならない私は

少しでも口ごたえすると精神状態の良くない母とトラブルになる、という理由で

母の言うとおりにしていた。

リードから放し、遊んではまたつなぐ、ということを

私自身、不思議に思いながらも、普通に毎日続けていた。

そりゃあストレスも溜まるだろうに…。

常にあぐりは吠えていた。震えながら。

長い長い毛をとかしてあげることもなく、毎日あぐりは玄関の冷たい廊下で

トイレかも寝床かも分からないトイレケースの中で、

眠ったり吠えたりしていた。

今考えるとコレは虐待だ。おそろしいことをしていた。

母が病気だったから、行動がおかしかったから、

そんなのは言い訳で、私だってこの異常さには気がついていたんだから。

とにかくよく吠えるイヌだった。

その、

「もっと愛して」

というあぐりの心の声に気がついてあげられなかった。

この頃の私は、

サイテーだった。

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2008年4月 3日 (木)

①あぐりとの出会い

今でこそ一人っ子の愛犬おじぃですが、

おじぃには年上の彼女(カノイヌ?)がいた時期があった。

詳しくいうとおじぃがうちに来る前からマルチーズ♀がいた。

そのマルチーズ♀『あぐり』に初めて出会ったのは私が15歳のとき。

あぐりがいくつだったのかは分からない。

だけど今になって思うと、

被毛の色、毛のツヤ、体中のシミを考えれば、

すでに6~7才くらいだったんだろうな、って思う。

そのときのあぐりの第一印象はというと、、

『小動物?』

だった。

いかにもマルチーズ、といったロングヘアーを床にひきずり、

小柄で細い体をホフク前進させながら、

私と母に近づいては常に小刻みに震えていた。

おびえた表情をしながら、私と母をうかがっているようだった。

「私、なんでココにいるの?」

そんなことを訴えるかのような目で母からもらったミルクをのんでいた。

そうだ、初対面のときのあぐりは『あぐり』ではなかった。

『ミッチュー』だった。

以前の家での呼ばれ方。

うちに来て、何日間かは「ミッチュー」と呼んでいた。

そう、なぜあぐり(ミッチュー)がうちに来たかというと、こんなことがあった。

このマルチーズ『ミッチュー』がうちに来る前、うちでは『あぐり』というシーズー♂がいた。

この頃、母とうまくいってなくてよくケンカをしていた。

あるとき、「あぐりなんかいらん!」と冗談で言ったところ、

母は前々からイヌを欲しがっていた知人にあぐりを里子に出してしまったのだ。

これには私も自分で言ったとはいえ、納得いかず、

「なんでほんまにあげるんよ!?」

と泣きわめいた。

それから数日後、

シーズーのあぐりではなく、マルチーズのミッチューが我が家にもらわれてきたのだ。

だいたいこの話、

イヌをあげたり、もらったり、って、

今の私には考えられないことで…。

だけどそういうイキサツがあって、あぐりに出会うことができたのだから、

これも運命だったのかな、とも思える。

(幸いシーズーのあぐりも十分に愛情を注いでもらっていた。

あのときは本当にゴメンね…。)

そんなシーズーあぐりへの想いもあって、

マルチーズあぐりは『ミッチュー』から『あぐり』へと名前を変えたのだった。

もともと私はイヌが好きではあったが、

ベタベタして溺愛するほど可愛いものとは思っていなかった。

どちらかといえばネコ派だったともいえる。

それがその後、とある人物に出会ってから私のイヌ好き人生がスタートするのである。

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